
平成19年2月・宇和島駅周辺

現在修復工事中の宇和島城「上り立ち門」の現地説明会が
2月3日午前10時から約100名の市民が参加して行われた。
(左はカバーで覆われている通常の状態、右は覆いをはずした状態)
広島大学大学院の三浦教授からこの門の貴重さの説明がありった。
ちょっと、知ってました?マックが出来ること?続編

知らないうちに看板が付けられていた。レディ薬局も出来るらしい。
参考までに、右は昨年12月20日の様子。このシリーズはこれで終了。
あとはもう、ありふれた光景になるだろう。(気が向いたら出そうかな)

黄金のMも取り付けられた。かくして宇和島の食文化も一歩後退したのか?
宇和島駅周辺
某日・知人を迎える為にJR宇和島駅に出かけた。

商店街は日曜日というのに、寂しい光景である。
それでも、日吉の夢産地から野菜などの産地直売だけちょっと賑わいがあった。
商店街を横切って、辰野川を渡って、駅に行った。

おー、なんとモダンな駅ビルだろう。まるでここだけ別な空間だ。

現在、予讃線ではこれだけの列車がある。多いのか少ないのか判らん。
ここで、ご注意、最近「電車」と言われる事が多い気がするが、私らは汽車、列車と言う。
八幡浜からこちらはトンネルが狭いため絶対電化出来ないらしい。今でもディーゼル機関車
である。それでも昔のSLに比べて遙かに便利になった。トンネルに入る度に窓を閉めなけ
ればいけなかった苦労は、若い人には判らないだろうなー。松山まで準急で(急行さえなかった)
約3時間以上かかった。それが今では内子回りで2時間をきるようになった。驚愕する。
だが、ちょっと見えにくいが、高松行きは一本、岡山直通も二本しかない。特急でも
ほとんど松山が終点なのである。ここに電化出来ないという悲劇が現実の不便さとなってくる。
予讃線が電化される前は岡山行きは結構あった。始発駅ではだいたい座席が確保できると優位性
があったのだが、それはもろくも崩れてしまった。松山乗り換えでは行きも帰りも指定席を取らない
限り、座席に座れるという期待は少なくなった。まぁ田舎だから、しゃーないか。
で、列車到着まで時間があるので、駅の周辺を歩いた。

駅と言えば踏切だろう。ずーっと昔田舎か出てきた人が、宇和島で初めて踏切を見て
さすが、都会は違うと感心したと言う話を聞いた。踏み切り番もいた。
SLがここを通過する回数と、宇和島の活気は比例していたように思うのだが……。
(左・地方局側から、右・和霊町から見たところ、正面の山の上は国民年金保養センター)

この給水塔や転車台は昭和12年頃に出来たらしい。私が子供の頃には、ここで
SLが向きを変える光景をよく見たものだ。機関区の裏は狭い一方通行の道だが、
近道のため通行する車は結構多い。城北校区の人はここはよく知っているだろう。
で、来たので、駅からタクシーに乗った。
さてさて、道路が空いているってことは、嬉しいことなのか、寂しいことなのか??
これ以前のバックナンバーはこちらをご覧ください。
城下町宇和島から・最近の宇和島
トップにもどる